クライメート・バリュー実践ガイド

気候変動リスク・機会特定の実践的アプローチ:投資家が評価する重要性の識別と財務影響への繋げ方

Tags: 気候変動リスク・機会, リスク特定, マテリアリティ評価, 投資家コミュニケーション, TCFD

はじめに

気候変動に関する情報開示は、TCFD提言やIFRS S2基準などの登場により、単なる規制対応から、企業価値創造に向けた重要な経営課題へと位置づけが変化しています。特に、気候変動が企業にもたらすリスクと機会を特定し、その財務影響を適切に評価・開示することは、投資家の意思決定においてますます重要視されています。

投資家は、企業が開示する情報から、気候変動が事業戦略や財務状況にどの程度影響を与える可能性があるのか、そして企業がそれに対してどのように対応しているのかを読み取ろうとしています。その出発点となるのが、リスクと機会の「特定」の質です。網羅的かつ解像度の高い特定が行われているかどうかが、その後のシナリオ分析や財務影響評価の信頼性を左右し、結果として投資家の評価に影響を与えます。

本稿では、気候変動リスク・機会の特定を実践的に進めるためのアプローチと、投資家が評価する「重要性」の識別、そして特定した内容を財務影響評価に繋げるための視点について解説します。

気候変動リスク・機会特定が重要な理由

気候変動リスク・機会の特定は、TCFD提言の「ガバナンス」「戦略」「リスク管理」「指標と目標」という中核要素の基盤となります。適切に特定されたリスク・機会は、以下の点で重要性を持ちます。

実践的な気候変動リスク・機会特定プロセス

気候変動リスク・機会の特定は、単発の作業ではなく、継続的なプロセスとして実施することが推奨されます。一般的な特定プロセスを以下に示します。

ステップ1:特定範囲と時間軸の設定

まず、特定を行う対象範囲と時間軸を明確に定義します。

ステップ2:情報収集と分析

設定した範囲に基づき、国内外の気候変動関連情報を収集・分析します。

ステップ3:リスク・機会の洗い出しと整理

収集・分析した情報をもとに、自社の事業に関連する具体的なリスクと機会を洗い出します。

重要性の評価(マテリアリティ評価)

洗い出したリスク・機会すべてを等しく扱うことは非効率です。企業価値や事業に与える影響が大きい項目に焦点を当てるため、重要性の評価(マテリアリティ評価)を実施します。投資家は、企業が「何故そのリスク・機会を重要と判断したのか」という判断軸やプロセスに注目しています。

評価の基準

重要性を評価するための基準を設定します。財務的な影響だけでなく、発生可能性、影響期間、ステークホルダーへの影響なども考慮することが一般的です。

評価手法

これらの基準に基づき、リスク・機会の重要性を評価します。

財務影響評価への繋げ方と投資家への説明

特定・評価したリスク・機会を、その後の財務影響評価や開示にどのように繋げるかが、投資家コミュニケーションにおいて極めて重要です。

まとめ

気候変動リスク・機会の特定は、効果的な気候変動開示と投資家コミュニケーションの出発点です。網羅的かつ事業に固有のリスク・機会を特定し、その重要性を財務的な視点も踏まえて評価し、具体的な財務影響への繋がりを明確にすることは、投資家からの信頼獲得と企業価値向上に不可欠です。

特定プロセスを継続的に改善し、関連部門間の連携を強化しながら、気候変動がもたらす潜在的な影響を深く理解し、これを企業の戦略と財務計画に統合していくことが求められます。本稿で解説した実践的なアプローチが、皆様の気候変動開示実務の一助となれば幸いです。投資家が納得する特定・開示を通じて、企業価値向上に繋がる気候変動戦略を構築していきましょう。